ベトナムの家庭の食事、その意味と伝統
ベトナムの家庭の食事は、昔から今にいたるまで、たった一度の食事の中にも、数え切れないほどの道理と、家族一人ひとりが互いに注ぐ愛情が込められています。みんなでお膳を囲み、日々の出来事を語り合う――そのすべてが、長い一日の仕事を終えた誰もが待ち望む、温かな雰囲気を生み出しているのです。
昔から今にいたるまで、家族の愛情は幸せな食卓の風景によって育まれてきました。その食卓は、家族の偉大な女性たちが毎日台所に座り、片手でもうもうと立ちのぼる煙をあおぎながら、もう一方の手で家族のために熱々の野菜スープを忙しく用意してきた、その手が生み出したものです。そんな光景を、家族の誰が記憶から消し去ることができるでしょうか。一品一品の料理には、私たちが敬愛する女性たちが届けてくれる大きな愛情と、作り手の気高い心が込められています。
ごはんはベトナム人の毎食の主役なので、ベトナムの人々は「食事」と言う代わりに、「ごはん」というなんとも温かみのある親しい呼び方を使い慣れています。白いごはんの横には、素朴なゆで野菜や野菜炒めの皿が並び、火を止めたばかりの熱々のトッ・コー・クエット(豚肉のキャラメル煮だれ)の鍋が、何百万人ものベトナム人の心をとりこにしてきました。ベトナムの人々は倹約を美徳としているので、ふだんの食事には肉が少なめですが、旧正月や祖父母の命日には、産み育ててくれた祖父母や両親にささげるため、豪華な料理をたくさん並べます。
ベトナムの「お膳」はなぜ丸いのか?
お膳は、昔話によく登場する太陽や月の象徴だと説明する人も多くいます。それも間違いではありませんが、丸いお膳の深い意味は、食事に加わる全員が一緒にお膳を囲むことによる結びつきにあります。家族はお互いの目を見ることができ、母が愛情のすべてを注いで作った野菜炒めや、ヌクマム(魚醤)につけるゆで豚肉を、気軽に分け合うことができるのです。
箸は、ベトナム人の食事でとりわけ大切な役割を果たしています。小さいころから、両親は食べ物を落とさないよう上手な箸の持ち方を教えてくれます。初めて箸を持ったときのこと、この細長くとがった道具への好奇心、祖父母や両親、兄や姉がとても巧みに使いこなす姿への憧れ……箸にまつわる子ども時代の無邪気な思い出の一つひとつが、思い出すたびに私たちを微笑ませてくれます。
ベトナムの伝統的な家庭では、いつも何世代もが一つ屋根の下で暮らしています。平均すると2〜3世代が一緒に暮らすのがふつうですが、今では4世代にもなる家庭も少なくありません。家族全員が一緒に暮らし、生活をともにし、毎日お互いが成長していく姿を見られることに、多くの人が羨望のまなざしを向けます。
一回一回の食事のおいしさは、家族が集まって囲むことにこそ表れるもので、お膳に並ぶ料理の品数や、その日の食事の質がどうであるかに表れるものではありません。
家族一人ひとりの座る位置も、ベトナムの食事の伝統のひとつです。「上下の序列をわきまえる」ことは文化なのです。年長者や一家の大黒柱は、いつもお膳の上座、ほかの家族を見渡せる中心の位置に座ります。昔の人は「食べるときは鍋を見よ、座るときは向きを見よ」と言いました。食事のときにも気配りが必要だということです。料理は、食事に加わる全員がいちばん取りやすいように並べてこそ完璧といえます。家族でさえそうなのですから、家を訪れたお客さんはさらに温かく迎えられ、主人から心を込めてもてなされ、優先の席に案内されます。これはベトナムの民族のもてなしの心を表しています。
「いただきます(モイ・コム)」は、お膳を囲んだ家族が箸を取る前にいつも口にする言葉です。茶碗を手に取ってごはんを食べる前に、親たちに「モイ・コム」とひと声かけることは、互いへの深い敬意を表しています。お膳を囲む人の年齢に応じて順番があり、いちばん年下の人から順に、祖父母、両親、おじやおばなどに「どうぞ召し上がってください」とすすめます。いちばん年長の人が茶碗と箸を手に取って食べ始めてから、ほかの家族も茶碗を手に取って食事を楽しみます。
「お膳」の文化はどれほど古くても、それがもたらす繊細さと人間らしさは、家族一人ひとりの心の中に今もそのまま残っています。
現代のベトナムの家庭の食事
「現代」という言葉が、昔の「伝統」という言葉に取って代わりつつあります。1世代、2世代だけの家庭がだんだん増え、昔の何世代もが暮らす家庭に取って代わっています。こうした変化によって、ふだんの食事はずいぶん味気ないものになり、楽しい雰囲気が失われ、互いを気遣い世話をする心も大きく失われてしまいました。
いつも忙しく、毎日時間に追われる生活のせいで、食事の席での一人ひとりの気持ちや心は、もう昔のようではなくなりました。職場でとる食事、顔を合わせても簡単な挨拶だけ。家族で打ち明け話をすることも少なくなりました。そのすべてが、祖父母から受け継いできたお膳の美しさを壊してしまったのです。
今の若者の中には「家族そろっての食事が嫌い」な人もいることは否定できません。押しつけられているように感じるからです。両親と一緒に食べるとスマホを持てず、友だちとのゲームを1回逃してしまう。両親と一緒に食べると親友とチャットできない……テクノロジーがもたらす身勝手さが、伝統的な食事の精神をだんだんと奪っているのです。
今でも、その「お膳」の伝統を守り続けている家庭はたくさんあり、それは民族にとってうれしい兆しです。食事は、私たちが愛情を注いでこそいちばん満ち足りたものになります。毎日家族を大切にし、愛していれば、30分お膳を囲むことなど、とても簡単なことです。家族をいつも大切にしましょう。家族は、いつでもあなたを待ち、愛し、決して裏切ることのない人たちなのですから。
出典:各種資料より